3

 当日、開演が目前に迫ったライブ会場は人びとで混み合い、すでに定刻は過ぎた。さていよいよ演者がステージに現れるか、いやまだか――というその時、会場全体の期待感がムワッと匂い立つように高まるのを、全員が肌で感じ取る――こういう現象に、名前はあるのだろうか。いやそんなの当たり前じゃないか、他でもなくそのライブを観るために集まってきた数百人なのだから。それに「ムワッと匂い立つように」感じるのは照明の効果を高めるため粘度の高い水分をスモークマシンで散布しているからで、それが霧掛かったようになるから視覚的にも変化がある。あと隣の人が「もう開演時間すぎてるな」と気付いて急に黙ったら、「あれ、そろそろ開演か」とドミノ式に口を結んで行くから空気も変わるし――しかしそうとは分かっていても、自分の位置からは見えない3列うしろの他人が心に浮かべている期待まで、まるで自分のそれのように感じるのはやっぱり面白い。自分の眼だけではなく、他のたくさんの眼が真っ暗なステージを見つめているという直感。ホドロフスキーのサイコ・マジックじゃないけれど、個々の「私」の輪郭が融解して、会場全体が一個の蜂の巣のようになっているんじゃないか。

*

 サッカーワールドカップが終わった。国威発揚におあつらえ向きのイベントがひとつ終わるたびに、水攻めの拷問になんとか息を継いで耐えているような気持ちになる。ドーハの悲劇Jリーグ発足、ラモス、アルシンド、キングカズ、ゴン中山!と言っていた当初まだ私は5〜10歳だったが、世間に奇妙な一体感が形成されているらしいことは現在と同程度に理解していた(「ドーハの悲劇」って三国志の「桃園の誓い」みたいなやつ?)。「日韓ワールドカップ」「星野ジャパン」「羽生5回転に挑む」など名前や形式は変われど要は全部おなじことだ。2022年末、インターネットで流れているニュースの三笘選手が泣いている姿、森保監督がスタンドに頭を下げている姿の写真を目にすると、サッカーが嫌いで仕方ない私のような人間ですらスイッチが押されたみたいに泣きそうになる。多分あれは天皇が死んだとき「一億総自粛」になるのと同じ成分でできている。

*

 坂本慎太郎のライブを観てきた。

https://open.spotify.com/playlist/3p28uVhWHiADC6gj33pAVk?si=gnmnPcb5TMOkAX2mSDlH3w

*

 例えば志村けんのような人物は、昔の映像で東村山音頭などを踊る青年期を見てみても、基本的には亡くなるまでずっとあの「志村けん」だったと思う。そのように私が感じるのは、志村けんが老けていく過程を見ずに育った世代だからだろうか。介護に携わっていると、現在の高齢者の姿からその人の全盛期の様子について推し量って手触りを得ることが難しいと感じるが、なにかの拍子に、「若い頃を知っていたら、このような新境地に至っているとは想像もできなかったかもしれない」と逆ベクトルの想像が働くことがある。

*

 坂本慎太郎の存在を知ったのは私が16〜7歳だからから20年近くになる。ゆらゆら帝国の「Sweet spot」がリリースされた頃だった。

 歌手は、50代になると年相応に高音が出しにくくなってくる。それはふつう「衰微」と捉えられると思うが――といっても坂本慎太郎はめちゃくちゃ声が出るほうだが――声が出るとか出ないとか、そういうことが関係なくなるような地平まで辿り着いているとライブを観に行くと感じる。

*

坂本が楽曲を提供して、元ちとせの新曲「船を待つ」が出た。あなたが今年いちばんよく聴いた曲はこれですよ、とSpotifyに教えてもらった。元ちとせのライブを、いつか奄美で見れたらいいな…

https://open.spotify.com/track/0mRfwwTMX6cjbIgu5JxrHl?si=z1lSu_0zSOyoWXmGxYPd8A

*

 かつて「4オクターブの圧倒的な歌唱力」みたいな紹介が流行ったと思うのだが、今そういう風な語りは減っている気がする。

*

 療養中のご身分だが、本も読まずにニンテンドースイッチポケモンスプラトゥーンばかりしている。

 「スプラトゥーン」作中に「サーモンラン」というミニゲームがあるのだが、そこで流れるとあるbgmが奇妙でおもしろい。私が子どものころ奇抜でカッコイイと感じていたアニメ「ミュータント・タートルズ」テーマ曲の5倍くらい奇抜だ。

https://youtu.be/nzn2AJf2gF4

 敵である“シャケ”の鼓笛隊が自軍を鼓舞するための音楽、という設定なのだが、

《我々が“音楽”という言葉を聞いて記号的に想像する、「これってこういうものだよね」とか「こういうジャンルね」といったものからまったくもって逸脱したものを作らないといけないのではないかと考えた》

という。チェロ、ティンパニー、DJのスリーピースバンドという編成を選んだ理由も興味深い。

https://s.famitsu.com/news/201711/17145896.html